「誰から妊娠報告する?」僕は彼女に妊娠を告げられた|第4話
無事に「妊娠5週目」と診断され、安堵の気持ちで病院を後にした僕たちは、そのままの足取りで駅の反対側に向かいました。
「どこに行くの?帰らないの?」
「今から保険センターに行くの」
「ほけん、センター・・?」
聞きなれない単語に僕が戸惑っていると
「お医者さんから母子手帳を貰ってきてって言われてん」(※編集部注:母子手帳の交付方法は市区町村によって異なります。詳しくはお住いの自治体にお問い合わせください。)
と彼女が嬉しそうに答えてくれました。
僕の教養がないだけか、保健センターの存在をこのときに初めて知ったとは彼女には言いませんでした。父親になるって大人の知識が必要だ・・とつくづく痛感したものです。
保健センターで交付された母子手帳を眺めながら、微笑んでいる彼女を見て、
「もう、自分の恋人というだけでなく、一児の母親でもあるんだな。」
と少し寂しくも、彼女を誇らしく思いました。
帰り道、近くのレストランで遅めの昼食をとることに。
料理を待つ間のトークテーマは、妊娠報告。
「誰から言おっかな〜」
「俺はやっぱり母親とか。その次に親友、職場の人達かな」
「私もやっぱりお母さん。あとは、みっちゃん!小学校からの友達やし、驚くやろな、驚きすぎて腰抜かすんちゃうかな(笑)」
親や職場、友達など、周囲のリアクションに心配気味の僕とは対称的に、彼女はとても晴れやかな表情で、その笑顔からは幸せが溢れていました。
子供が無事に生まれないかもしれない・・という一週間の不安から、解き放たれてよっぽど安心したのでしょう。その笑みを見て、僕も幸せを感じたのを覚えています。
しかし、
「職場の人たちには言わないの?」
と彼女の職場について触れると、彼女の表情は分かりやすく曇りました。
「職場の人には言いにくい、というか言えんな。」
アパレルの販売業をしていた彼女の職場は、9割女性のまさに女社会。女性同士は気を遣うから大変なんだとか。
さらにそこに追い討ちをかけるように、彼女の上司には、仕事のために結婚を取り止めた過去があるらしく、結婚の話題はタブーな雰囲気が漂っているといいます。
「あんまり、いい顔されなそうや、不安。退職するって伝えてから1ヶ月は働くから、その期間に何を言われるんやろう。かと言って、妊娠を隠して力仕事で無理はしたないし。言わんで辞めるしかないやろなー、難しい。」
その職場にいない僕でも、女社会の大変さが伝わってきました。
と同時に、“妊娠”というコトの重大さを実感して、一人の大人として周りを巻き込んでいるがゆえの責任感が僕に重くのしかかります。
家族を持つと、好き勝手のらりくらり生きるよりも大切にしないといけないことがあるのかもしれない。僕らだけの問題ではないことが増えて、その責任を僕が表立って背負っていくんだろうな。そんな重圧に押しつぶされそうになりながら、なんとか耐えて、
「なんとか上手に切り抜けたいね。僕の手伝えることはするから。」
と彼女を励まし続けました。
妊娠という嬉しい診断結果に喜んでいたのも束の間、僕も職場の人にどう言おうか、何て言われるかな、育児休暇とかどうしようか、金銭面は大丈夫かな、と次から次へと心が不安でいっぱいになります。
でも、僕が不安がっていると、彼女は一層不安になるから、なるべく表情や声に出さないように、そんな気遣いも意識しなければなりません。
「妊娠や結婚は、自分たちだけの問題じゃない。人間社会だから周りをどうしても巻き込んでしまう。そして、男は父親になると強くなるのかもしれない。」
そんな哲学チックなことを考えながら、でも最終的には一緒に笑いながら、無事に妊娠していた彼女と家路に着きました。
<続く>
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